誰が誰を好きかなどと


甘寧が手を振っている。

凌統はそれは自分に対してなのかわからず、戸惑い、
後ろを振り返ったが、甘寧はすぐ接近してきていて、凌統の頭を小突いた。


「ばーか、お前しかいねーだろ」
「…あんたが俺に手を振るとは思わなくてね」


小突かれたのが深いだったので、凌統はとりあえず甘寧の足を踏んでおいた。
やめろばかと甘寧は笑う。


「昼飯まだだろー。たまには城下に出てみねぇか?」
「はあ?あんたと?二人で?」
「だって陸遜、居室にこもったまま出てこねぇんだぜ。
 入ったら何か飛んでくるし。忙しいんだろ」


それとも、姫さんでも誘うか?との問いには答えなかった。
どうせ面倒な買い物に巻き込まれるのが容易に想像できたからだ。


「別に、いーけど」
「よーし、じゃあ早く行こうぜ」



数ヶ月ぶりに出た城下は、最近戦もなかったので、とても賑わっていた。
まだ昼間というのに、そこら辺りから女人が声をかけてくる。
こんなに騒がしいのは久しぶりだ。

凌統の邸はここよりもっと離れた静かな場所にある。
おかげで城下近辺はあまり詳しくない。
甘寧についていくと、しばらくして大層繁盛している飯屋についた。

適当に注文をしたあとは、待ち時間。これが厄介だ。
何と言っても、目の前には甘寧しかいない。話題も特にない。
意味もなくそわそわしてしまう。そのとき甘寧が話を切り出した。


「おまえさー、陸遜のこと大好きだろ」
「…あんたに話す義務はないね」
「てーいうか、陸遜がおまえのこと好きなんだろうな」


注文したものが運ばれて来る。
手をつけてみると、肉のうまみはたっぷり染み込んでいてとても美味しかった。
話はおいしくないが、甘寧の料理の味の見極めは大した物だと感心した。


「じゃあ、おまえは誰が好きなんだよ」
「だから話す義務はない」
「やっぱ陸遜だろ」
「…陸遜さんは友人として大切に思ってる。それだけ」
「恋愛対象?」
「さてね。まだわからないな」


そうか、と答えると、甘寧は出された料理をもりもりと食べはじめた。
その食べっぷりにも感心する。


「じゃあさー、俺は?」
「…あんた、さっきから俺に何が聞きたい」
「世間話だな。興味があるから聞いただけ」
「あんたは敵。でもそれはもういい。だだの友人だよ」


ふうん、と甘寧は水を飲む。
さすがに昼から酒を飲む気はないらしい。
気付けば皿の上は空だった。


「割り勘?」
「いや、誘ったの俺だから俺が払う」
「あっそ。ごちそーさん」


店を出ると、また城下の騒がしさに包まれた。
たまには城下に出てみるのも悪くはないと思う。


「どっか寄るか?」
「面倒だからいい。仕事あるし」


またさっきの道を通って帰る。
相変わらず呼び込みの女人がうっとうしく絡みついて来る。
振り払いながら帰ると、さすがに城門の前は静かだった。


「でさ、さっきの話の続き」
「…何だよ」
「俺、陸遜好きだから」


凌統が困惑の表情を浮かべると、甘寧はにや、と笑った。


「絶対振り向かせるぜ」
「勝手に言ってろばかんね」


人の恋話には興味がないと、がんばれば、と適当に言えば、
ん、とだけ返事が返ってきた。


「やっぱ、陸遜のこと何も思ってないのか」
「…あんた、陸遜さんの間者か?」
「個人的に」


実はさあ、と甘寧は続ける。


「おまえのことも気になってんだよなーって話」
「俺はあんたに興味なし」
「知ってる。でも振り向かせる」
「…あのさ、何それ二股?」
「別にいいじゃん」


凌統は唐突に門番の持っていた槍を奪うと、
棒の部分で、スコーンといい音を出して甘寧を殴った。
槍を返し、甘寧を見ると大層痛がっている。いい気味だ。門番達も苦笑している。


「あんたの行動は、今の発言でよーくわかった。
 もう俺に近づくな。気持ち悪い。」
「いや、無理」
「陸遜さんは俺がもらう。俺はあんたには落とせない」
「そんなのわかんねーし!」
「勝手に言ってろ、このばかが!」


最後にとびっきりの回し蹴りを脳天にくらわすと、凌統はその場を去った。
さすがに腹立たしい。



しかし、関係が荒れそうだ。
この胸の晴れなささは何だろう、と考えただけで憂鬱になる。