一服
もう桃は散っていた。すでに戦に決着はついた。
勝利、といっても、ただ守っていただけで、負けることは絶対にないと言われた戦だった。
それでも陸遜はいつも真剣に地図を見ていた。
甘寧は、その横でいつも足を投げ出して、陸遜を見ていた。
踏んだ戦の数は、甘寧の方が遥かに多い。
けれど、甘寧が話すのは戦の話ではなかった。
「陸遜、まだ報告書」
「指揮を執ったのは私です。仕事が多いのは知っているでしょう」
いくら気分転換を促しても陸遜は頑として動かない。
甘寧も頑として譲ろうとしない。
「なあ、体なまるぞ」
「将軍のあなたの方が鍛練が必要なのでは?」
一枚目が終わって、従者を呼び、それを受け渡すと、また一枚を手にとる。
毎日こうだ。早朝から夜中までずっとここにいる。甘寧もいる。
「過労死するぞ、おまえ」
「そんなことどうだっていいです」
また一枚終わる。その作業は永遠に見える。
「根詰めすぎだって」
「軍師というのはこういう仕事なのです」
「俺、こんな真面目な軍師見たことねぇ」
陸遜はきょとんとした顔で甘寧を見た。
もう一枚をとる前に甘寧は話はじめる。
「おっさんも、周瑜さんも、戦後にこんな仕事してねぇぜ。
だって、それ他の文官でもできる仕事だろ」
「しかし、戦の一部始終を見たのは私です」
もう一枚を机に敷くと、甘寧はすばやくそれを仕舞ってしまった。
「ちょ!返してください!怒りますよ!」
「まあまあ。今のお前は指揮者じゃなくて文官だ。
そして俺は将軍。わかる?」
「仮に私が文官ならば、なおさら仕事をしなければなりません」
「上司の言うことは聞かなきゃなんねーの!ばか!」
「ばかとは何ですか!ばかっていう方がばかなんですー!」
睨みあって一瞬、双方から笑いが込み上げてきた。
「花見、行こうぜ」
「散りました」
「じゃあ、飯でも食いに行くか」
陸遜はひととき黙ったあと、将軍さまの奢りなら構わない、と笑った。