唯一
「桓!桓!!」
「なんですか、陸遜どの」
孫桓が振り返ると、そこには仕事か私事か知らないが、
たくさんの書物を抱えた陸遜が立っていた。
「それより、桓という呼び方、やめてもらえませんか」
「叔武?呼びにくくないですか?」
孫桓が黙っているうちに陸遜は、廊下というのに書物を広げはじめた。
これと、これと、と選別しているあたり、どうせ手伝わせる気なのであろう。
孫桓はひっそりと溜息をついた。
だって、この人のわがままには適わないから。
「仕事なら、義封にでもやらせればよろしいでしょう」
「然にそんな事、頼めない」
「何故です」
陸遜は孫桓の目をじっと見る。
ああ、知ってる。あなたの気持ちなど知っている。
「義封が好きなのでしょう」
「桓も理解しているのなら聞かなければいいのに」
陸遜は書物を自分の分と孫桓の分に振り分け終わると、
少しだけむっとした顔で書物を押し付けてくる。
「然はー…桓の方が好きそうだ」
唐突に陸遜はそう漏らす。
不機嫌というよりは、どちらかと言うと
「それは、義封は私の副官を勤めていたこともあります」
反論は無駄だ。
この方は勘も良ければ、頭も良い。
だが、勘違いだけはされたくはない。せめて今言えたら
「ふん。桓にはわからぬだろうな。恋慕には疎そうだ!」
「…すみません」
「…言いすぎた。ただの嫉妬です。つまんないですね」
陸遜の表情はころころ変わる。
今は自分の発言に戸惑っているのか、
とても恥ずかしそうに、
そして悲しそうに、
そんな顔をさせているのは自分と言うことに
「しかし、桓。
然はあなたを好きかもしれないけど、
だからといって、私はあなたと交流をやめたりしないから」
陸遜は仕事を無理矢理押し付け駆け去った。
仕事は陸遜からだから引き受けた。
私は義封のことを何とも思っていない。知っていて欲しい。
そこまで嫉妬しないで欲しい。
私はあなたが好きなのだ。
少しは安心して欲しいが、それさえも言えない自分に腹が立つ。
だからといって、朱然を憎むのも検討違いで、ああ、どうしたらいいかわからない。