語弊


領内視察ということで、陸遜はたまたまちょうど通りかかった朱然と捕まえて
民や田畑の様子を見るべく、城下へと出かけた。

朱然はえらく迷惑そうな…
お供するのは構いませんが、約束くらい取り付けたって…と
ぶつぶつ呟いている。
どうやら午後に持ち越した仕事があるようだった。

しかしやはり陸遜にとってはどうでもよいことで、
自分としては今日この時間は二週間前から朱然と領内視察の予定だった
とか言うものだから、朱然にとっては溜息ものだ。

水を張られた田は風が吹くたび水面が揺れる。
水面が太陽に反射してきらきらと輝く。
植えられたばかりの苗は縦横綺麗に整列されていて
一応几帳面なつもりの陸遜は美しいね、とため息をついた。


「こんなにいい天気だと遠乗りとかに行きたいね」
「仕事がなければ是非に」
「仕事たまってるの」
「伯言どのに提出した書類を早く承認していただければ
 もっと早く終わるかと思うのですが」
「そう言うんだったら、もっと読みやすい字を書いてね」


解読が必要な字を書かれると仕事が増えるんだよね、と付け加えられると
朱然からはぐうの音も出ない。

残念な顔になった朱然を振り返って、陸遜は苦笑した。


「然はちょっと生き急いでる感じがして不安になるよ」
「え?」
「僕も昔はそうだったのだけど。
 そんなに急いでいたら必要なものを見落として早死にすると言われたものだよ」
「誰にですか」
「…呂将軍」


この陸遜に忠告する人間がいるのか、と驚いたが
なるほど、呂将軍というなら納得だ。
唯一陸遜減らず口を止める人。


「そのときは、すごく仕事が多かったから急いでいたのだけど
 自分を忙しくしているのは自分自身だったと思う。
 慌てると効率の良さを考えることを忘れちゃうんだよ。
 もっと心に余裕を持たないと」


陸遜はそこら辺りに落ちていた中で一番長い棒を選び、
子供のように地面を叩きながら歩いた。


「本当に急いでるときは、絶対にやらなきゃいけないことを
 優先順位つけて書き出して、それから取り掛かる。
 また今度でいいかなって思うものには手をつけないことだ」
「それでは仕事が溜まっていくのでは」


陸遜は厳しい顔をして朱然を振り返った。


「いい?然。
 仕事はなくなることがない!増える一方で減りはしない!
 無理して病気になるともっと溜まる!
 一番いけないのはやらないことだよ。
 追い詰めるのは自分自身だっていうこと、忘れちゃだめだ」


あと周囲からの催促ね、と陸遜は小声で付け加えた。
どうも朱然にはそれが言いたかっただけに思えていまいち尊敬できない。


「今日の教訓!明日できることは明日する!」
「…たぶん、呂将軍はそんなつもりで忠告したのではないと思いますよ」


朱然の言うことなど聞いているのかいないのか、陸遜は歩き出す。
城に戻ったとき、陸遜は「あ」と呟き、朱然を振り返った。
途中で拾った棒を朱然に渡しながら言う。


「さらに忘れちゃならないのが計画性。これ何とかしといて」


朱然が何か言う前に陸遜はさっさと立ち去った。
仕方がないので、その棒は焚き火用として使用されることになる。