戦うべき相手は


そんなに楽しそうに話しているのを見ていると、
本当は悔しくて悔しくてたまらないのだけれど。

伯言どのは叔武どのが好きで、叔武どのは伯言どのが好きで、
私は叔武どのが好きなのに。

でも伯言どののことも友人として大好きだから、
それを壊すことなど自分には、できない。

でも、悔しいんだよ。




「義封。ちょっといいかな」
「父上!」


朱然から朱治を訪ねることはよくあることだが、朱治が朱然を訪ねることは珍しい。
突然の父の来訪に驚きながらも、普段から慕ってやまない父なので、喜んで出迎える。
何の話かはわからないが、うきうきしながらお茶を入れ、朱治の前に差し出した。


「また高価なものを…水でもよかったのに」
「いいえ父上。わざわざ出向いて頂いたのですから当たり前です。
 呼びつけてくださっても構わなかったくらいですよ」
「使者を使うまでもないと思ったからね」


それでも、ありがとうと朱治は言うと、ひとくち口をつけた。
朱然は朱治の前に座ると、何かご用だったのですか?と聞いた。


「最近、義封が悩んでいるみたいだったから来たのだけどね」
「え」
「私にはわかるよ。君は昔から父には相談しないものね。
 だから様子でわかるようになったのだけど」
「…悩みって」
「ないの?」


朱治は微笑みを浮かべているが、その目はしっかりして朱然を見る。
そんな父の様子にいつも弱い。弱点を見抜かれているようで
どうしてもたじたじになってしまう。すると朱治は笑うのだ。


「いつまでもわかりやすいね」
「父上にだけですよ」
「そうなの。
 まぁいいから話してみたら」
「個人的な話すぎるのですが」
「気にしないで話しなさい」


ぽつり、ぽつり、と今まであったことを話す。
まさか父親に対して、自分の恋愛について話すことになるとは思わなかったが、
誰にも相談できずに自分の中で閉じ込めてきたたくさんの思いは
話し始めれてみれば止めることができなかった。
また朱治も止めることなく、優しげな表情で頷いている。


「義封は不器用だね」
「そうなのでしょうか…」
「難しいことを考えなくても、私はいいと思うよ。
 好きなら諦めるんじゃなくて、貫くべきじゃないかな」
「そんな迷惑なこと…」
「誰だって戦うときは戦わなきゃいけない。
 今諦めなければ、変わることだってあるんだから。
 誰だって、誰かのために存在したいって思うときが来るんだから」
「父上も?」
「さて、帰るよ!」


自分ばっかりずるい!と朱治を捕まえようとしたが、するりするりと交わして
父はまたね、と去っていった。彼にも昔、何かあったのだろうか。
置き去りにされた朱然はぼんやりとその場に佇んで考える。

この想いを諦めなくてもいいのか。捨てなくてもいいのか。
それともこの気持ちもいつか変わるのだろうか。
戦うべき、なのかもしれない。

朱然は無意識に拳を握り締めていた。