良い心掛け


「よーし、陸遜、俺と結婚しよう!」
「しませんし、できません」


今朝から何故か甘寧につきまとわれている。
その台詞、付きまとわれ始めてから23回目。
一体何なのだろう。適齢期でないし、焦る年でもない。
それ以前に自分は男なのだから男とは結婚できない。


「もー!一体何なのですか!うっとうしい!」
「似てないぜ?」
「は?」
「凌統の真似だろ?」


な?と笑う甘寧に、陸遜は理解できないと溜息をついた。
大体質問に斜め上で回答されても困る。
後ろからついてくる甘寧を振り返って、そのでかい図体を睨む。


「だーかーらー!何が目的ですか!?」
「さっきから言ってんじゃん。陸遜との結婚が目的なの!」


わかんなかったの?と甘寧が言うのを聞いてめまいがした。
陸遜が言いたいことは一寸も伝わらなかったようだ。
わかってないのは、甘寧の方だというのに。

この話が通じない人間を何とかしてくれないか、と思ったとき
都合よく柱の影から甘寧の天敵が現われた。凌統だ。


「陸遜さん、呼んだ〜?」
「呼びました!」
「呼んでねぇだろ!」
「いーや、俺は陸遜さんの心の声が聞こえた。
 凌統殿、このバカを何とかしてくださいってね」
「わりかしあってます」
「陸遜!」


いつも通りというか何と言うかで、
凌統と甘寧の喧嘩は陸遜の関係ないところで進んでくれ、
取り残された陸遜は助かったとばかりに、その場から逃げ出す。


夜も更けた頃になってから、陸遜は凌統を訪ねた。


「昼間は助かりました。ありがとうございます」
「いや、喧嘩しただけみたいになってしまって…すみません」


そんなことより、と凌統は陸遜の側に寄る。


「また何か甘寧から困ったことされたら、相談してくださいね」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると気が楽になります」
「約束。一人で困らないでくださいね」


陸遜が表情を曇らせた。
何故?と凌統が訝しげな顔をすると、陸遜はそっぽを向いて言う。


「約束なんてできないです…」
「どうして?」
「叶わなかったとき、凌統殿が裏切り者のようになるじゃないですか」


どうしてそんなに可愛らしいことを言う。
陸遜は少し不機嫌な顔をしたまま凌統を見る。
凌統は陸遜の気持ちに少しだけ嬉しくなって陸遜を撫でた。


「わかった。心掛けてください」
「…心掛けます」


そんなに可愛いことを言われたのでは、
自分が陸遜に困ったことをしそうではないだろうか、と思う。