見えない気付かない


孫桓は武器の手入れをしながら昔のことを考える。
陸遜と出会ったのは随分前だ。

どうしてそんなに自信があるのだろうと疑わしくなるような態度で、
いつも笑顔を浮かべていた。今思えば、笑顔が無表情ということだったのだろう。
笑顔が基本で表情を崩すことなど滅多になかった。
段々と付き合っていくうちにおかしい、と思うようになった。
それでも友人を続けているのは、好きになってしまったからなのだろう。

初めて陸遜の参加していた軍議に自分も出席したときだった。
軍議でさえも笑顔のまま、しっかりとした意見を出し、それがまた説得感のあるもので
将来、この国を支えるのはこの人間かもしれない、と思わせた。
意味のわからない反論を軽くあしらうように論破し、自分の意見を通す様は
誰から見ても格好良く見えたのではないか、と思う。
きっとその辺りから憧れていたのだ。

しかしそれを面白くないと思う人間もいる。
そのような人間から陰湿な嫌がらせを受けても、陸遜は平然とした態度で対処する。
またそのような人間を見つけ出すのもうまく、その人間に対して倍の嫌がらせをしていた様を
見たときは、さすがに格好良いとは思わなかったし、呆れてしまった。
だが、人間らしい陸遜に惹かれたのも事実。完璧な人間は気持ち悪いだけだ。



武器の手入れを終え収納すると、部屋の外に人影を感じた。


「誰です…?」
「桓が好きな僕だよ」
「…ご用件は」


部屋の主の姿を認めると、陸遜は部屋に入る。


「用件かぁ…特に何も考えてなかったな…」
「暇だと俺のところに来るんですか…」
「そう。でも用件があるときも来るよ」


当たり前のことを言いながら陸遜は笑う。
孫桓はそれを見て溜息をついた。

しかし考えて見れば、それだけ自身は陸遜にとって居心地の良い人間である
ということになる。嫌いな人間のところに暇だからといってくる人間はいない。
そう思うとかなり嬉しいことだ。陸遜は数ある人間の中から自分を選択する。


「なんで俺なんですか?」
「そうだねぇ…僕が失言しても気付かないからかな。楽なんだよね」


気付かないのだろうかと、首を傾げると陸遜はほらね、と笑う。
一体何がほらね、なのだろう。まぁ、そんなことはどうでもいい。


陸遜にとって自分が求められる存在なのならば、
自分は陸遜が望む分だけ存在していられるのだと思った。