遠くて悲しい


 「あーあー、やっぱり、凌統殿は遠いです」


 と、陸遜は、額に手をかざして、遠くをみるように、凌統を見た。
 一緒に執務室に向かう途中だったので、陸遜の片手には書簡がいっぱいだ。
 そんな、小さな陸遜を見て、同じく行動を共にしていた甘寧は、
 うひゃひゃと馬鹿にしたような笑い声を出した。


 「何だよ、ばかんね」
 「りくそん、俺だって、こいつのばかでかい身長には適わねぇんだぜ。
  それなのに、おまえじゃもっと足りねえのは当たり前だろ」


 陸遜の顔を覗きこみながら、甘寧は、な、と返事を促す。
 陸遜は甘寧の行動に、むっとして、そうですね、と答えた。
 どうせ私は小さいです。でも、これでも努力はしているのですよ。
 体に良いもの食べて、運動して、と指折り数えると、
 何だか本当に悲しくなってしまった。


 私は小さい。凌統殿は大きい。


 黙り込んでしまった陸遜に、甘寧はやらかした、という視線を凌統に向けたら、
 凌統は、とても機嫌が悪そうな顔になってしまった。最悪だ。
 陸遜は、空気が悪くなったことに気付き、あわてて、
 でも!成長期ですから!と明るく付け加える。

 凌統と目があう。
 陸遜は自分の眉が歪んでしまったことに後悔した。

 そんな瞬間、更に空気をぶち壊すかのように
 甘寧が派手にすっ転んで、そしてその甘寧に巻き込まれた陸遜の腕から、
 大量の書簡が廊下に飛んでいってしまった。陸遜の顔が蒼ざめる。


 「ああ…派手にやったねぇ…」


 凌統が飛んだ書簡を拾いはじめ、慌てて陸遜も、それに参加する。
 甘寧だけが床をのた打ち回っていた。
 凌統は、ひとりでこけろばか!と甘寧に罵声を飛ばし、
 目の前の陸遜には、災難でしたね、と笑いかけてくれた。
 そして、陸遜の耳元で囁くのだ。


 「ほら、こうしていれば随分近いでしょう」


 陸遜がそれに驚いていると、凌統は立ち上がり、陸遜に書簡を手渡した。
 陸遜も続いて立ち上がる。甘寧だけがまだ未練惜しげに廊下に転がっていた。


 「でも、こうしていると遠いですよ」


 駄々をこねる陸遜に、凌統は困った顔をしてしまい、
 ずっと俺にしゃがんでろって言うんですか、と聞いた。
 陸遜は首を振って否定したが、甘寧が、そうしろよ是非、と茶々を入れて挑発する。
 一発触発な雰囲気に困惑しながら、陸遜はどうしていいのかわからず、
 私がずっと背伸びしているので結構です!と意見すると、
 凌統と甘寧は顔を見合わせて、それから笑い出してしまった。



 「そーゆーのは、たまに近いからいいんですよ。
  いつも近かったら嫌になるに違いありません」



 そういう凌統に少しの優しさを感じつつ、
 わかっていても、陸遜は、遠くて悲しい、と思った。