相談員


「例えばです」
「うん」


陸遜の執務室に陸抗が訪ねてきた。質問があるという。
問題は自分で解決するのが方針らしい陸抗からの質問と言うのは、
彼が幼き頃の何でなんでと聞いてくる時期以来だ。

たまには父を頼って欲しいなー…と常日頃本人に言っているのだが、
考える力がつかないから、などと立派な事を言う。
自身が若かった頃よりしっかりしている。
寂しい思いをしていたので、久しぶりすぎる質問に陸遜は少しだけ浮かれていた。

机を挟んで向かいに陸抗を座らせる。
陸遜は少し心の中でにやにやしながら、しかし顔には出さないように気をつけて
真剣な目で陸抗を見つめた。陸抗もそんな父に臆することなく見つめ返してくる。
意を決したように陸抗が口を開いた。


「父上は犠牲を最小限に戦をするのが上手だと私は思っています。
 けれど、どうしても救えない部隊があったとして、
 その部隊が重要な役割を果たすことになる場合、何を捨てますか?」
「具体性に欠けるね。
 どうしても救えない部隊がどんな状況にもよるし、役割にもよる。
 何を捨てるかの前に、何があるかもわからない。
 抗、君は同じ質問をされて答えることができるの?」
「…失礼しました」


陸抗は己の無茶な質問を恥じ、具体的な例を出すので待って欲しいと言った。
心の中で陸遜は嬉しくてたまらない。成長したなぁ、これからもどんどん大きくなるなぁと
うっかり表情に出して大好きな息子に呆れられたりしないように努める。
部屋の扉を鳴らす音がして、そのまま開いた。


「失礼します」
「…ん?然。どうしたの?」
「あ、取り込み中でしたか。
 些細な話なので後でも大丈夫です」
「そうだ、ちょうどいいから朱然の意見も聞かせてよ」
「えっ、父上、ご迷惑になりますよ!」
「大丈夫ですよ。参考になれるのであれば」
「よろしくお願いします…」


陸遜は朱然を促し、彼は陸遜の隣に誘導され、陸抗の向かいに座った。
知り合いとは言え、二人の上司を目の前にして、陸抗はいささか緊張する。


「…例えば、蜀と魏で起こった第一次北伐。
 馬謖は街亭を守るように言われました。しかし彼は自分の知を信じ道筋ではなく
 山頂に陣を敷いてしまいます。結果、その戦では負けてしまいましたよね。
 何とか助かった彼ですが、もし助かりそうにない状況下に置かれてしまったら。
 馬謖は諸葛亮の愛弟子であったと言われています。今後の蜀の未来を担う人材です。
 呉の未来を支えていきたいと思っている私を仮に馬謖として、父上や朱将軍を諸葛亮とします」


「…それは例えが悪いです」 「将軍、それはどういった意味ですか」


溜息をつく朱然の隣で陸遜が震えている。
先ほどより険しい顔になって陸抗を見る。


「父上…?」
「抗、答えよう。
 私は邪魔するもの何もかも捨てて、君を助けに行く!
 馬謖は処刑されたし、私が諸葛亮の立場なら同じように処刑するだろう。
 でも抗を処刑することはできない!絶対にありえない。
 官位を剥奪されて国を追われても構わないし、もし他の人間が処罰を与えようとして
 それが殿だろうとも、私は君を連れて逃げる!地の果てまでも!」


朱然はさらに深い溜息をつく。
質問する人間を間違えた、と陸抗は反省し、二度と陸遜には相談するまいと思った。