牽制


某日。

孫桓は、ぼんやりと晴れた空を見上げていた。
暖かい日差しで暖かく、昼寝するのにもうってつけの本日。

朝、城下を歩いていると、いつか好きだった人間に会った。
恋心をそのときに打ち明ける勇気もなく、そのままその人は結婚してしまい
久しぶりに会ってみれば、その面影もなく何となく寂しさと共に
時間の流れは無常だなあと思ったのだ。
もしそのとき好きだと打ち明けていて、うまくいっていたなら、
またその人との時間の流れは幸せだったかもしれない、けど、さあ。
今、やっぱり、その人のことは魅力的じゃないなあと思ったのである。


ごろごろと原っぱに寝そべってあくびをしていると後ろから人が近づいてきて
何だ、と見ると、その人物は孫桓の隣にきて座った。


「暇なんですか?」
「暇じゃないけど、桓が暇そうだったから」


いい天気だねぇ、と陸遜もあくびをする。
つられてまた孫桓もあくびをした。本当にいい天気ですねぇ。
昔のことを忘れるのにうってつけの日だ。


「何を考えてたの?」
「昔、好きだった人のことです」
「ふーん。それで?」


話してしまうか、なんて思った。
あまりにも時が経ち過ぎて苦しくもなんともない話だが。
こんなにゆっくり時が経過しそうな日なのだから、曖昧な話をするのにぴったりだ。


「年をとったその人を見たら、過程を見ていない分、がっかりだなあって」
「過程を見てたらそうは思わなかったと思う?」
「身内を客観的に見れませんからね」
「それもそうだ」
「もっと素敵になっていたら、すごい後悔したかもしれないですけど」
「じゃあ、桓は幸せな方なんじゃない?」


陸遜は、ちょっと悪戯っぽく笑った。
失礼な話をしているよね、なんて言うけど、それが現実だよね、とも言う。


「陸遜どのは、そーゆーのないですか?昔好きだった人」


陸遜は少しだけ眉をひそめて、考えるように仰ぎ、空を見た。
子供のように頬を膨らませたり、うーん、と唸ったり、した結果。


「生きてたら、会ってみたいかもしれないね」


陸遜は表情を変えなかったが、少なくとも孫桓は悲しそうな顔に見えた。
こんな乱世だから、仕方がない考えなのかもしれない。
それとも本当に亡くなってしまったのだろうか。
考えている孫桓に陸遜はしょうがなさそうに笑いかけた。


「みんな死んじゃった。たぶん。生きているのは妻だけだね。
 せめて戦で失うまいと思っているよ。僕より先にいかないで欲しい」
「そうですか」
「桓も僕より先に死んだらだめだよ」


その発言に驚いて身を起こすと、陸遜は首をかしげて
また悲しそうに言った。


「桓が死んだら、然が悲しむから。然が悲しむのを見せないでよ」


陸遜は満足したらしく、その場からさっさと立ち去ってしまった。
孫桓はまたその場に崩れるように寝そべり溜息をつく。

朱然か。

でも先に朱然が死んだら?陸遜より後に死ぬ必要がない、なんて
考えたけれど、やっぱり陸遜はそこまで考えて発言したんじゃないかと深読みする。
結局はどっちにしろ、陸遜は悲しいんだろうな、と思った。誰が先に死んだとしても、だ。