君と君の子


今日の朝から陸遜はやたらと笑顔が耐えなくて
いつも大体が不機嫌の彼のことだから何が起こるのか、
周囲の人間の顔色は悪い。また変な戦でも起こるのだろうか。

陸遜の笑顔=不吉な前触れ

そう言ったのは呂将軍だっただろうか。
あの将軍こそ陸遜本人を見守り、かつ育てた人物であるから
彼の癖は誰より理解していたであろう。説得力はある。
そんな理解者であった呂将軍も今はもう亡い。

何より笑顔が不気味な人間というのも珍しいものだ。
顔は愛らしいのだが、たぶん、事情を知らぬ人間であった者なら
笑顔が素敵、なんて言うのだろう。顔は、確かに、愛らしい。
腹の底で何を考えているかわからないから、
そして、それを知っているからこそ、恐ろしいのだ。
たまには純粋な気持ちで笑ってみれば良いのに。
顔は愛らしいのだから。


「…伯言どのは、機嫌がよろしいですね」
「然は顔色が悪いね」
「それより、何かあるんですか?」


陸遜はにこにこ笑って、ちょっと考えた後に
さらに笑顔を深めて言う。その様子がさらに朱然の顔色を悪くさせた。


「蜀から同盟の話がきてねえ、どうやら彼らは北伐を進めたいらしい」
「へえ…」


ほらみたことか。また厄介な話だ。
陸遜のことだから、変な献策でもしそうな雰囲気である。
朱然は頬を引きつらせながら、それでも相槌を打った。


「ま、断ろうかなって思ってる。折角だし、蜀をぶっ潰そうかなって」
「伯言どの…!」


今、蜀を潰せば、その次は我が国が狙われるのは必須だ。
勝ちに乗った魏は、先日の戦で疲弊した呉を一気に、ということも考えられなくはない。
呉が狙われないためには、蜀はなくてはならない。そのことを一番よくわかっているのは
この人物のはずなのだが。


「然、冗談だよ?」
「…笑えません」
「ありえないっ!って言わないと」


陸遜は孫桓の真似をして笑う。
朱然は空笑いしかでない。


「…それで、何もないのですか?」
「え?」
「機嫌がよろしい理由です」
「ああ」


陸遜はにんまりして朱然を見る。
背筋にぞぞっと悪寒が走るのを感じながら、朱然は顔をひきつらせる。
まさか、同盟を組むなんたらに続きでもあるのではないだろうか。
常人にはついていけない斜め上の献策をする気ではないだろうか。
今現在、勝ちに乗っているのは、何を言おうこの人物ではなかったか。
もしかして…蜀を潰すのではなく、魏を潰そうなどと考えてはないだろうか。
ありえない、ことじゃないかも。そしたらどうしましょう呂将軍。


しかし、返ってきたのは予想外の話だった。


「今日、僕の息子が呉に仕官してくるんだよ」
「伯言ど…あ?え?息子??」
「そう、息子。抗っていうんだけど」
「知っています。…もうそんなお歳になられるので」
「弟も先日仕官したし。これで陸家も安泰だ」


なるほど、それで。
この人も一応親である。朱然は安堵を覚えた。
無茶をして呉の寿命を縮めるわけでなくて本当によかった。


「そろそろ挨拶に来るんじゃないかなあ、然にも」
「え?何故、私のような者にも」
「あの子は僕の子だから。礼儀正しくて本当にそっくり」
「…あ、そうですか」
「何でちょっと躊躇ったのさ」



「父上!」



「あ、」
「抗。こっちにおいで」

「僕の自慢の息子です!」
「…陸抗と申します」


とりあえず、まともそうな子に育っていてよかったです。呂将軍。