尊敬する師のお話


寝台の上に上半身だけ寝そべって振り返りながら陸遜は喋っている。
おおよそどうでもいい話だが、相槌を打たないと途端に不機嫌になるもんだから
陸遜と話すときはちょっと面倒くさい、と思う。
甘寧と話しているときは気付いたら聞いてないので、
たぶんそれなんだろう。不安なんだろうなあと思う。
構って欲しい年頃だろうし…なんて思うけれど、
凌統は自分が間違っていることに気付かない。


「凌統どのが一番記憶に残った戦ってどれですか?」
「うん」
「凌統どの」
「うん」
「聞いてくださいってば!」


陸遜は寝そべった身を起こして、凌統を睨んだ。
それに気付いた凌統は、あ、しまった、と思って、陸遜に謝罪する。


「ごめん、ぼーっとしてた」
「…本当に私の話を聞いてくださる気があるのですか?」
「あるよ」


正直そんな気などさらさらないのだが。
陸遜の頭をぽんぽんと叩けば、陸遜は子供扱いされたことに気付いて
少し顔をむくれさせた。かわいいなあと思う。
凌統は、陸遜と一緒にいるだけでいいんだけど、と思っているが言わない。
仕事中は一緒にいるとかそんなことはできないし。
このまだ小さな軍師さんは、仕事中に近づくと、気が散るとかなんとかで
部屋に入れてもくれなくなるからだ。またそれも仕事は別なのだが。


「…一番記憶に残った戦ってなんですか?」
「…じゃあ聞くけど、陸遜さんはどれ?」


自分が話すのも面倒なので、あえて凌統は陸遜に質問した。
しばらく放っといたら自分が何を聞いたかも忘れるだろう。
そんな凌統の考えなど、ちっとも気にせず、陸遜は悩み始めた。


「私は…呂蒙どのと挑んだ荊州奪還が一番記憶に残ってます」
「最近の話だなあ」
「初めての大きな戦でしたから。呂蒙どのと共に戦った戦ですし」
「うん、それで?」
「呂蒙どのが私を用いてくれたのが嬉しかったんですよね。
 関羽将軍はあの名将でしょう?そんな方との戦に加えていただけるなんて
 全く思ってもなかったですし。全身の気がこう…なんか震えたつというか!」
「うん」
「潘璋どのや朱然どのと仲良くなったのもこれがきっかけですし。
 おかげで大役を任せられてしまいましたが…嬉しいのですが」
「うん」
「まだ私は未熟だと思うのです。
 呂蒙どののように大功があるわけではありません。」


陸遜はどうやら次の戦に悩んでいるらしい。
だから息抜きに誘ったのだが、寝台にまた寝そべって悩み始めた。
凌統は陸遜の頭を再度ぽんぽんと叩き、髪を梳いた。


「陸遜さんはきっとこの戦で大きくなりますよ」
「私は…」
「大功がないならたてるしかないですね。それに殿もあなたを選びました」
「自信がありません。周りからの信頼がありません」
「じゃあ降伏しますか。陸遜さんと一部以外は戦う気満々ですけど」
「自信がないのは、それぞれの将軍が私命令に従うかどうかです。
 ここぞというとき、動いてくれるかに自信がないのです。
 呉の勝利に自信がないわけではありません」
「うん、それなら俺は陸遜さんに命を預けますよ」


陸遜は身を起こして凌統を見た。


「呂将軍はその策で何度も呉を救いました。
 それは仕事だからだけど、何だかんだで甘寧との仲を取り持ったのも呂将軍です。
 甘寧も俺も呂将軍のことは尊敬している。陸遜さん、あなたもでしょう」
「もちろんです」
「そんな呂将軍が選んだのが他の誰でもないあなただ」
「呂蒙どのの功績で私はやっと信用される程度です…」
「今だけですよ」


「先ほど、陸遜さんは俺に聞きましたよね」
「一番記憶に残った戦ですか?」
「合肥です。呂将軍の指揮でした。ですが張遼のたったあれだけに負けました。
 しかも殿の命すら危なかった。軍は散々な形で撤退をして、その殿軍を務めたのが俺です。
 殿軍の兵は俺以外皆死にました。俺も死にかけました。それが一番記憶に残った戦です」
「そうですか…」
「呂将軍だって最強だったわけじゃありません。
 でもそうなれるように懸命に努力しました。
 それを支えたのは呉の国の殿です。理解ある将軍たちです。
 俺は、努力する人間を助けたいと思います。死にかけてもいいんです。
 もし、死んだとしても、その助けた人間が、後に呉のためになるなら、それでいいんです。
 だから、俺は、その可能性のある陸遜さんに命を賭しましょう」
「凌統どの…」
「何があっても俺は陸遜さんの味方です。だから自信もってくれません?」
「あと俺と付き合って?」
「!」


凌統が驚いて振り向くと、甘寧がにやにやしながら背後に立っていた。


「随分と熱の入った口説きだなあ、凌統」
「甘寧っ…!」
「俺も陸遜の味方だぜ!こんな頼りになる将軍二人に味方されといて
 自信がないもなんもないよなあ、陸遜?」


陸遜の顔は多少ひきつっていたが、甘寧の問いに頷く。
甘寧は満足そうに笑って陸遜の体をばしばし叩くと凌統の頭を小突いた。
その後、甘寧と凌統が夜通し追いかけっこをしていたのは、いつも通りだ。