おはようからおやすみまで


陸遜が扉の向こうでひょこっと顔を出す。
朱然はそれに気付いて、声をかける。伯言どの?
慌てて陸遜が全身をあらわして、笑った。


「まだ灯りがついていたもので」
「伯言どのも遅いのですね」
「や、僕はいつもこれくらいですから」


陸遜がくすくすと笑い声を出したので、つられて笑う。
皆が起きないように静かに笑う。

今日は新月だった。星はよく見えた。
外はかすかに風の音がするだけだ。乾いた空気。


「仕事、まだ時間かかりそうですか」
「そろそろ、寝ようかと思っていたところです」
「…そうですか」
「伯言どのは」


陸遜は、ひととき黙った後、にこっと笑って寝ます、と言った。
おやすみなさいと言うと、陸遜は苦々しい笑顔で、おやすみ、と言う。

去って行く背中を見つめながら、あの人、と思ったが、
朱然は何も考えないようにした。深く考えるのはよそう。
灯りを消して、寝台に横になる。手がほんのり墨くさかった。

朝が来るにはまだ早い。